yukosuzuki

2017-09-17
情熱の引継ぎ

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最近の私のお気に入りの言葉「情熱の引継ぎ」

スタジオでたくさんの生徒相手に自分のバレエ、芸術の情熱を伝え続けてきた。教えるとは、技術を教えることはもちろんのこと、その素晴らしさを伝えることだという想いを強く感じていた。私がヨーロッパで見てきた素晴らしい芸術の世界を伝えるために何をしたら良いか、常にアイデアを出しては実践してみていた。バレエのDVDを鑑賞させたり、舞台鑑賞に連れて行ってみたり、こうやって拙い文章で想いを書き綴ってみたり、クラフトワークショップを開催して芸術に触れてみたり、ヴァリエーションクラスなどは私が思っていた以上の反応があった。

そんな作業を無心に続け、もうすぐスタジオも10周年を迎える。開校した時には全く感じなかったのだが、こうして長い年月生徒と向き合い「私の情熱を引き継いでくれてる生徒が増えてきた!」と感じ始めた。それは、すごく幸せなことで、それが今後の芸術の発展に繋がることだと実感したのである。

どの芸術の世界も、またスポーツの世界も同じで、音楽も絵画も演劇も映画も全て昔の作品があり、そこに感銘を受けた人たちがそれを引き継ぎ今の世界へと受け継がれていく。その時代その国などの流行があり、過去の偉大な先輩たちの偉業に影響を受け、より時代に適した形で新しい作品として発表される。それを世界を飛び回れるようになった私たちは、いろんな国で目にし感じることができるようになった。

話はそれるが、私の尊敬する芸術家ディック・ブルーナさんが今年他界した。勝手にいつか弟子入りしたいと夢に抱いてほど好きだったので訃報を聞いたときはショックだった。シンプルな彼のデザインは、そこから先を想像させる遊び心がある。私は全ての情報を発信するテレビに面白みを感じない。それに比べ、ラジオは話し手の顔や表情を想像しながら聞くことに集中できるから何十倍も面白みがある。ブルーナさんの作品はラジオと同じ面白みがある。そんなブルーナさんが描く絵のような遊び心のある作品を私も作れるような人間へと成長したいと思う、これもまた情熱の引き継ぎ活動である。そして、彼の情熱が違う人のフィルターを通し新たな作品として生み出される。引き継ぎ活動とは、こんな面白みがある。

「赤い靴」という1948年のイギリス映画の中で、当時のロイヤルバレエ団のダンサー達が出演したバレエシーンがたくさん出てくる。主演女優のモイラ・シアラーが美しく、赤い靴を履きスクリーンの中で縦横無尽に踊る。それを見てバレエの世界もまた時代を超え変化遂げてきたんだなぁと思い知らされる。よりアクロバティックにより高いテクニックを求められ、その中にさらなる芸術性をも求められている。私が生きている間にもまだまだ変化をしていくのだろう。それもまた楽しみであり、それを伝えていってくれる人材が育っていってくれること、またこの世界に興味を持って引き継ぎ活動をしてくれる人々が増えることを願ってやまない。

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2017-08-28
’17 夏のコンクールを終えて

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8月初旬と中旬に夏のコンクールに5人参加致しました。夏休みに入ってからのコンクールだったので、休みに入ってからは朝も夕方もびっちり練習というスケジュールを組み、戦いの場に乗り込む準備をして参りました。

8月初旬は、エデュケーショナルバレエコンペティション。コンクール参加経験のある2名をクラス審査からあるコンクールに出しました。コンクール数日前に、主催者がドミニク・カルフーニさんのワークショップを開催してくださりそれにも参加いたしました。ワークショップ直後、フランス語で慣れない環境でのレッスンで緊張もマックス。気持ちの立て直しをできずまま審査は始まりました。レオタードで審査されるクラス審査は初めての2人は、とても緊張した様子で帰ってきました。休む間もなく次の日からヴァリエーション審査が始まります。緊張が立て続くコンクールでしたが体調を崩す事なくきちんとやりきりました。今回は、指導者が舞台袖に入ることが許されなかったので大急ぎで客席に走り、初めて客席から二人の踊りを観ました。緊張は伝わってきましたが大きな失敗をすることなく、いつもより良くも悪くもなくきちんと踊り切れてて感心しました。よく頑張りましたね。

実はここだけの話、コンクール受賞経験のある彼女達にまたもっと先を見て欲しかった為、レベルが高く落とされるであろうコンクールをあえて選びました。悔しさが上達への一番の薬なんです。これを乗り越えた彼女達の普段のレッスンの取り組み方が変わったのは、私の想像を超えるものでした。

8月は、エスポワールバレエコンクール。初めてコンクールに参加する3名をプレコンクール部門に参加させました。コンクールの練習を始めたのが5月末頃。音は取れない、テクニックも弱いどうしたもんか???と悩みに悩みました。とにかく筋トレから始め、筋トレのしかたを教え、手の使い方、歩き方、走り方、プレパレーションのしかた、体の向き、目線の使い方、心の準備のしかた、もう数え切れないことを教えました。8月入る頃、やっと踊りとして見れるところまで持ってこれたかなぁという感じで迎えた本番。みんな初めて舞台の上で一人でヴァリエーションを踊り、多分みんなも想像していなかった緊張感に襲われたことでしょう。表情が硬かったこと、精細さに欠けた動きだったことは否めなかったとして、初挑戦にしては頑張りました!もちろん賞を取るとかいうレベルには達してません。でも、ようやく彼女たちはスタート地点に立ち、ここから目指すべきものが見えてきました。

酷な話かもしれませんが、コンクールに参加できる子を私は選ばれた子のみに限定してます。何故ならば、これだけの時間を費やし情熱を注いで教えるのだから、それに応えられる子でなくてはならないと思うからです。バレエに情熱があり、勝負心がある子たちが育てば、またその子達を追いかける子たちも出てきます。そうやってみんなの上を目指す心が育っていけばスタジオが活気を帯びていってくれると思うからです。みんなの成長が、私の想像を超えていってくれることを楽しみにしています。(鈴木)

 

2017-08-28
責任って

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私は、子供の頃から「全ての行動は自分で責任を取れ」このルールさえ守れれば何をしてもいいと教育されて生きてきた。家族の中における責任の主軸は、「生活をしていける」ということである。

例えば。物が欲しいから買った。でも生活費がなくなった。これでは生きて行く上での責任が取れていない。

バレエをしたい。習うにも、舞台に立つにも、お金がかかる。
責任を取るための解決法 →「バイトをする」

そう考えて行くと意外と面白い。何に対して何の責任が生じてるかさえ掴めれば意外と問題に対して解決法は見つけやすいのである。

バレエをすることの責任って何?
今の私にとっては、古典文化をきちんと伝えて行くこと!

出来ること:一生懸命バレエの本髄を学び踊って「ホンモノ」伝えられるように精進する。

ここから学べること:強い精神力、体の不思議、ヨーロッパの文化や歴史、芸術性などたくさん

子供の教育現場にいる責任って何?
子供たちの未来を輝かせるために、夢を見させてあげること!

出来ること:バレエをしているとこんな夢が見れるという道筋を引いてあげること。共に夢に向かっていける友達と一緒にいれる場所を作ってあげること。

ここから学べること:子供たちのユーモア、夢見る楽しさ、仲間の大切さ、強い精神力などたくさん

ってこんな感じ、自分の置かれてる立場によってまた責任も変わってくる。それが分かれば、ただひたすらやるべきことに向き合えばいい!シンプルに無駄のない行動ができて、いい結果も出るしそこに満足感達成感も生まれやすい。いいよね☆

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2017-04-03
’17 コンクールを終えて

写真 H29-03-28 21 03 57s先日、「全国バレエコンクール in 八王子」に参加してきました。28日はプレコンクール部門。小1〜小6までの参加者100人近くで競います。30日は児童II部門。小4、5の参加者100人近くで競います。昨年も、同じコンクールに出しましたが、昨年より参加者が増えた様に感じます。当スタジオの参加者から3人、入賞入選する事が出来ました。でも大切なのは結果ではありません。

テクニック重視になりがちなコンクールですが、私はとにかく踊りとしての仕上がりに重きを置いて指導して参りました。振りにいかに自分らしさ、想いを乗せて作品に仕上げるか…。小学生の部門だからと言って妥協して見てはくれません。どう踊りたいか、どう見せたいか、足りないところは私のエッセンスを目立たない様に加えあくまでも彼女達の年齢相当の作品に仕上げていく作業を繰り返しました。本番が近くなるにつれ、やはりテクニックに不安を感じ、ちょっと時間があると必死にテクニックの練習をし始めました。そこにハマると苦しくなるのは経験上知っているので(テクニックの練習はもっと前にすべき!)気持ちをそらす為に本番1週間前にレッスンを数回コンテンポラリーダンスの内容に変えました。コンテのレッスンは、カタチにとらわれず自由な表現をテーマにしているので、まず生徒たちの動きを尊重します。同じ振りを与えても色んな表現が出てきてとても興味深かったです。クラシックにはカタチがあるでも正解はない。だから、コンテのレッスンでカタチにとらわれやすいクラシックダンサーを、自由に解放しようという試みでうまく作用した子もいました。どう出たかは別として意外とみんなが楽しんでくれたので良かった〜。

あの手この手で彼女達を持ち上げて来ましたが、見えて来た事がありました。まだ10歳位の子供達は肉体的にも精神的にも未完成な訳で、面白いなぁと思ったのは、ご両親との関係性でその子の特質があるのだなぁと言う事。例えば、躾に厳しくこうしなさい!をたくさん言われてる子は、正解を探しがち。これで良い?とビクビクします。例えば、お母様が明るく、日々笑って楽しく過ごせてる子は、問題に向き合わず誤魔化してしまう傾向がある。ひとりっ子でのびのび育てられてる子は、何に関してものびのびしてしまい友達との上下関係を作るのが下手。自立を促されて育ってる子は、ある意味自分をしっかり持っていて自己が確立しているのですがなかなか人の注意が入らない。お母様が教師との距離間を遠く取る場合、子供も同じ傾向があります。親のスポ根で育てられてると子供も負けず嫌いの心を持ってたり、親の子への理想が強い場合その子の意志が見えにくかったり、まあ長所は短所的な面がたくさんあるということです。それがいけないと言いたいのではなく、そう言った違う傾向のある子達、つまり足りないものが違う子達にどの様に、足りないものを気付かせ補わせるかが、実は課題でした。その為の秘策がコンテのレッスンでもありました。

その特質は不思議なモノで後天的に変わっては行く可能性を秘めてます。将来、絶対やり抜きたい負けたくないと言う壁にぶつかった時、その特質を変えないと勝てなくなってくるからです。コンクールもその壁の1つ。その特質ある時は生かし、ある時は打破して乗り越えられるようになるまでにはまだ時間が掛かりそうでしたが、そうやって成長していく彼女達を見れるのは楽しみでもあります。

コンクールに出ると、将来バレエダンサーになりたいと思ってる子達もたくさん出てます。だから、将来バレエをどうやって続けたいのか考え答えを出そうとする子が出てきます。まだ10歳位でその答えを出さなくても良い。心を強くするために、とにかく夢中に頑張ってみてください。

 

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2017-03-06
’17 2/21-2/25 ロンドン、そしてまとめ part8

part1から読んでね☆

さてさて、旅も最終回。ロンドンにようやく戻って来ました。やはりここはホーム。安心します。レッスンもDance worksPinappleと両方行き大満足。Anna du Boisson 先生は、母校ランバートでも教えてるみたいですが、とても優しい先生でした。その他、コンテンポラリーバレエを受講したのですがとっても楽しかったです。もっと受けたかった。

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そして大好きなスコーン☆を食し大満足!

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怒涛の旅は終わりを告げました。やく1ヶ月に渡りお休みをいただき回って来たオーディションツアー。見えて来たこともたくさんありました。1ヶ月変則的なレッスンになってしまったにも拘らず私の我儘を受け入れてくださった生徒の皆様、そしていない間のクラスを担当してくださったステファノ先生、まい先生本当に有難うございました。そこまでしても、今のバレエ界を知りたかった理由を説明します。。。。

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日本は世界でも誇れるくらいのバレエ大国です。街のバレエのお教室もバレエ人口もとても多く、技術レベルもすごく高い。おそらく技術を教えることのできる教師のレベルも高くなって来てる気がします。昨今、多くの日本人が世界のコンクールで良い賞を受賞する背景はそこにあります。また、私個人の見解ですが、真面目で与えられたものに忠実に向き合える日本人の性格にクラシックバレエが向いているのだと思います。ここまでは誇れるお話。

こんなに優れたダンサーを輩出しているにも拘らず、日本にはそのダンサーたちが活躍できる土台がないのです。日本でプロのダンサーとしてお給料がもらえるバレエ団は、東◯バレエ団、K◯ー、新◯◯バレエ団位です。ドイツを例に出してみると、ドイツには各街に州立の劇場がありそこでオーケストラ、バレエ、オペラ、オペレッタなどが上演され街の人々の娯楽として演劇が成立してます。そして、それを国が支援している為、ダンサー、音楽家、舞台俳優といった職業がきちんと認められています。私自身、ダンサーそしてデザイナーという職業を追いかけながら最終的にスタジオを持つまでは、何度も金銭面の壁にぶつかりアーティストの社会的地位の低さに悔しい思いがつのるばかりでした。アーティストは、ある意味特殊技術を持っている人たちでその価値は測りにくいものでもあります。でも、普通の人ができない技術を努力して身に付けた人達が作り出す世界観こそが「芸術」でそれは大いに評価されるに値するもだと私は思うのです。

日本は文化の違いもあり、文化芸術に対する国の支援も少なく、各団体多額の費用を掛けて舞台を創る為、チケットも安くない舞台鑑賞が娯楽としてなかなか浸透しなかった部分もあります。おそらく、それが少し変わって来た理由は街のお教室が増え習い始めた方々がバレエ芸術を知ろうとして下さり少しずつバレエファンが増えて来たことにあるのだと思います。実際、自分が若手ダンサーを育てる側に立った時、どうしたら育った子たちの活躍の場を増やせるのか知りたかった、それが今回の渡航の最大の理由でした。

オーディション回りに同行して実感したことは、世界的には行き場を失ったダンサーは山とたくさん余っていること。だからこそ、バレエ団入団は「ものすごい競争率」。例えEUの子達より技術が高くてもヨーロッパで就労ビザを取得しにくい私達の勝ち目はもう微々たるものです。そこで勝負をかけるには、その国が持っている国立のバレエ学校に入ることが一番近道。少なくとも日本の中学生位までにはバレエダンサーになる決意をかため海外留学をしないといけないということ。その為の道を開いてくれるのが、今ブームのコンクールなのでしょう。ローザンヌやYAGPといった国際バレエコンクールは、世界の有名校のバレエディレクターが有能な生徒獲得の為に観に来てるケースが多くあり、コンクールで賞を逃した子たちにも奨学金を提示してくれることがあります。

ただ、日本国内で良いダンサーを育てる基盤がこんなにあるのなら、世界で活躍させるだけじゃなく日本国内で活躍できる場を増やすことが理想なのではないかという疑問も生じて来ます。世界で活躍し戻って来たダンサーも日本には増えて来ました。そんな私達世代に、これからの日本のバレエ界をより良いものにしていく力を問われているように感じます。たかが小さな街スタジオの経営者の私が、何かを変えられるわけではないですが、私が見て来たものを発信し何か今後の芸術発展への小さな力になり得ることを願ってやみません。(鈴木)

↓【おまけ】↓

 

2017-02-28
’17 2/20-21 パリ part7

さて、ベルリンからパリへ向かいました。パリも一泊しかしないので飛行場にスーツケースを置いて行こうと思ったらなんとコインロッカーがない。調べてわかったことなのですが、パリはテロが多発している関係上、コインロッカーが閉鎖されたところが多いらしく。。。仕方なくノートルダムにあるCityLockerを利用することにしました。
ここからパリ、ロンドンと一気に都会の旅に移ります。ということはスリに気をつけて!パリはいつ来てもおしゃれですね。
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ケーキ屋さんも。
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エッフェル塔も。変わらず美しい。
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で、パリでもレッスンへ。Éléphant Panameというガルニエの近くに新しくできたスタジオへ。明り取りの窓が天井についていて綺麗なスタジオでした。Guillermo SERAFINI先生はアルゼンチンの先生。フランス語のレッスンは全く意味わからず、終わった後少し先生とお話ししました。先生は、Royal Balletのマリアネラ・ヌニェスさんと同じ学校で育ったらしく、彼女は素晴らしいと何度も言ってらっしゃいました。丁寧に教えてくださりありがとございました。で、ガルニエに内部見学へ。何度見てもいつも鳥肌が立ちます。本当、別格な劇場ですね。この劇場で踊るパリ・オペラ座のダンサーは本当に選ばれし人たちなのだなぁと思います。
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2017-02-28
’17 2/18-20 ベルリン part6

スイスから飛行機でベルリンに着きました。少しドイツにホーム感を感じ始めてまして戻って来たら少し安心しました。が、またしてもショートステイです。ベルリンは、道が大きくとても大きな街でした。建物も大きい。

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↓ ↓ ↓ こちらヤーナ・サレンコさんがいらっしゃるStaatsoper Berlin。とっても工事中でした。

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ドイツは、Anhaltisches Theaterというカンパニーのオーディションでした。その間私は、一人オープンクラスを受けに。調べるとベルリンにはオープンクラスをやっているところが多く、また英語のWebsiteもたくさんあり助かりました。結局、日曜日にやっているところは少なくMaramero というスタジオへ行って来ました。

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すごく広いスタジオで、たくさんの方が受けに来てました。先生は、Elvis Val先生でスペイン人のセクシーな男の先生でした。クラスも英語で行われてて2時間びっちりある楽しいクラスでした。

 

2017-02-28
’17 2/17-18 チューリッヒ part5

さてさて、プラハ観光を終えスイスに飛行機で向かいました。スイスに着いたのが22時過ぎ、旅の疲れもピークです。明日は、CINEVOX JUNIOR COMPANYというジュニアカンパニーのオーディション。朝10時からです。ホテルに着いてなんだかんだ寝たのは多分。。。1時過ぎ。

CINEVOXの会場まで電車で1時間はかかるので6時位に起きて用意して8時の電車に乗らないといけません。で、起きたら空が明るい。時計を見たら9:55。「え???え??」ってなりました。スイスはこのオーディションのためだけに立ち寄ったのに受けられないとかありえない。慌てて電話をし事情を説明、遅れてでも参加させてくれとお願いし慌てて会場に向かいなんとかコンテンポラリー審査とヴァリエーション審査は受けることができました。

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といわけで、スイスは18時間しか滞在せず次のオーディション場所のドイツへ向かいました。
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2017-02-28
’17 2/14-17 オロモウツ、プラハ part4

14日火曜、ライプツィヒからチェコのオロモウツまで6時間かけて列車移動。列車で国境をまたぐと税関がなく、他の国に来た感じは全然ないのに、通貨がコルナに変わる。。。言葉もチェコ語。全然分からない。

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こちらプラハの中央駅の中の写真。綺麗ですね✨プラハからの乗り換えをちょっと間違えるハプニングを経てオロモウツに7時頃到着。しかし駅に人影は少なく、トラムも数台。タクシーは見当たらず。結局、宿泊先のオーナーさんに車で迎えに来て頂き無事宿泊場所へ。ステファノ先生はオロモウツのカンパニーにいらした事があり後日話しを聞いたところ「あの街は朝7時頃から活動し5時以降は、みんな活動しない。」と…。通りで7時に着いたのに夜中の2時くらいの感覚に陥った訳だと納得。
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さて、次の日オロモウツにあるバレエ団「Moravské divadlo Olomouc」でプライベートオーディション。オロモウツのカンパニーは今「ドン・キホーテ」と「QUEEN」の作品をやってました。オロモウツは小さな可愛い街で、前述の通り静かな街でした。ただ、ドイツより後で行ったプラハより寒い街でした。

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さて、オロモウツから2時間ほど列車に乗ってプラハへ行きました。チェコに来たのだからやっぱりプラハには行ってみたいなと1日立ち寄ることにしました。地図を見て観光地を探し、「うん!30分位でプラハ城とカレル橋は回れるな」と思いいざ出発。情報不足とは怖いもので、プラハ城はなんと200段近く階段を登らないといけなく…。頂上に着くまでに30分は掛かりました。でも目の前に広がった景色はこちら。

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そして、予定が立たぬまま旅たった旅行だったのでバレエのチケットが全然手に入らず仕方なくプラハでチェコの伝統芸能のマリオネット演劇「ドン ・ジョヴァンニ」を観劇。面白かった。

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2017-02-16
’17 2/10-14 ライプツィヒ part3

2月10日金曜日、ヴィースバーデンからライプツィヒまで列車で4時間位かけて移動。トラム乗り継ぎも上手になり迷わず宿泊場所へ。

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11日土曜日、朝起きると一面雪景色。なんとも幻想的〜💕1人、12日にライプツィヒのオーディションを控えてたので、近くでレッスンを出来る場所を探すと宿泊してる場所から徒歩10分のところにスタジオ(Ballettschule étoile)を発見。お願いして飛び込みレッスン(€15/1 lesson)オクサナ先生が美しくてうっとりしました。

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12日日曜日、ライプツィヒのオーディション。ライプツィヒは、大きなカンパニーでレベルも凄い高いよとトニーから聞いていた通りのオーディションだったようです。書類選考で絞られたにも拘わらず男子も女子も80〜100人近く参加者が居たそうです。ヨーロッパの大きなカンパニーに入って踊れるのはやはり狭き門ですね。

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さて旅も後半戦、12、13日とどう闘うか練りに練ってプランニング。ドイツのレールマップを片手に停まる駅名全ての街の劇場を調べる。書き出す。煮詰まる。ご飯を作り食べる。調べる。煮詰まる。外で気分転換。ノートには、ドイツ以外の国のバレエ団も含め60以上のバレエ団が書き出されてました。偉い!よく頑張った。

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電話したりメールしたりしてアポに辿り着けたのは数件。でもそのチャンスのある所に旅に出る。プランニングを終え、14日バレンタインデー、チームは2つに分かれ私たちはチェコへ向かいました。
もう1人は、ソフィア、ルーマニアと闘いの場所を移しました。高く跳ぶぞ!

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